【執筆者】整形外科医 竹谷内 康修 

慈恵医大卒。福島県立医大整形外科に入局。米国のナショナル健康科学大学でリハビリ技術を習得。2007年東京駅の近くで開業。著書・マスコミ掲載多数。

最終更新日:2020年11月16日 公開日:2019年12月13日

肩の関節が原因で痛みが出るのは、首から肩にかけて、腕のつけ根や外側、肩甲骨のあたりなどです。肩の痛みを最も起こしやすいのは、腕を動かした時です。髪の毛を洗ったり、ブラシをかけるように腕を上げた時や、上着を着る時のように体の後ろに腕を回した時に痛みが出ることが多いです。次に多いのは横になって寝ている時に起こる痛みで、四十肩・五十肩などが原因となります。また、首の骨や神経に障害がある頚椎症、重度の肩こりでも肩に痛みが起こることがあります。

インピンジメント症候群

・インピンジメント症候群の起こる場所

肩関節とは上腕骨(腕の骨)と肩甲骨の間にある肩甲上腕関節のことを指します。これらの上腕骨と肩甲骨の間にはもう1つ別に、第二肩関節と呼ばれる部分があります。第二肩関節は通常わずかに隙間が空いており、肩や腕の筋肉などの組織の通り道になっています。肩関節の位置が悪くなることによってこの隙間が狭くなり、第二肩関節の隙間を通る組織が圧迫されて痛みが起こることをインピンジメント(挟み込み)症候群と呼びます。インピンジメントによって障害を受ける可能性があるのは、棘上筋、上腕二頭筋、肩峰下滑液包(三角筋下滑液包炎)と呼ばれる組織です。棘上筋は肩を外側に上げる筋肉、上腕二頭筋は肘を曲げる筋肉です。滑液包はヌルヌルした関節液が入った袋状の組織で、肩の筋肉と関節が滑らかに動くのを助ける働きがあります。これらの組織がインピンジメントを受けるとズキッとした痛みが起こります。多くの場合が腕を持ち上げると痛みが強まります。また腕を下げた状態では、腕は自らの重さでぶら下がっているため、肩甲骨と上腕骨の隙間が広がり痛みが起きにくくなります。

・インピンジメント症候群の原因

インピンジメントは様々な原因で起こります。よく知られているのが、スポーツによる体の酷使です。「テニスのサーブ」「バレーボールのスパイク」などの動作では筋肉や肩関節が複雑に使われます。こうした動作で、瞬間的に肩に強い負荷がかかることがあります。外からはわかりませんが、この「小さな怪我」の繰り返しが肩の痛みの原因となる場合があります。またスポーツでの繰り返しの肩関節への負荷以外にも、習慣的な負荷がインピンジメントの原因となる場合もあります。長い時間机に向かう習慣がある方や、姿勢が悪い方、右肩、左肩どちらかにだけ負荷がかかるような癖を持っている方にあてはまります。肩の痛みを感じる方が、スポーツマンなど、特別な人だけではないのは、こうした理由によるものです。小さな損傷が蓄積していくことで、筋肉や筋、関節の固着が進み、それがさらなる炎症や痛みを引き起こします。肩近辺の筋や関節は、日常生活の中でも酷使しやすい場所なのです。

参考文献:野球肩(インピンジメント症候群)のリハビリテーション

・インピンジメント症候群の治療と予防

インピンジメント症候群を起こさないためには、関節をしっかりと動かせるよう、ストレッチでやわらかくしておく必要があります。これは実際に症候群になってしまった後のリハビリとしても利用できる方法です。どこかが痛いと感じると、そこだけを治療しようと思う方がほとんどですが、それは根本的な治し方ではありません。どうして痛いのか、どの部分が炎症を起こしているのかという点をしっかりと押さえ、治療やリハビリをしていく必要があります。またそれと同時に、また同じ症候群にならないための予防も必要となります。肩が痛いからと言ってその症状の元となる「癖」が、肩関節や肩甲骨などにあるとは限らないのです。肩関節や肩甲骨の位置は、背骨によって作られるからだ全体の姿勢によって決まります。背骨全体の状態を改善し、肩や肩甲骨の位置を正常化することが根本治療や予防につながります。

腱板損傷・腱板断裂

肩には腱板と呼ばれる部分があります。「腱」はアキレス腱など筋肉の両端部分の名称で、腱板は肩を動かすいくつもの筋肉の腱が集まった部分です。腱板は腕の骨を肩甲骨にしっかりと固定するための重要な働きをしますが、インピンジメントやスポーツでのケガ、仕事などで繰り返し腕を使う作業によって、擦り切れて痛んでくることがあります。このように腱板が傷ついたり切れたりする障害を腱板損傷、腱板断裂と呼びます。腱板損傷、腱板断裂は腕を自力で上げると痛い、上げることができないことが特徴です。他の人に腕を上げてもらうと痛みが少ないことが特徴です。 腱板損傷の治し方としては炎症を抑えた後に、関節可動域を狭めないためのストレッチやマッサージを行うことになります。損傷した場所に負担をかけずに腕を動かせるよう、そのほかの筋を鍛えていくという対処の方法です。特に肩甲骨の上方回旋が上手くできるように鍛えていくことになります。腱板損傷の治療期間には、リハビリ期間も含むために、長い時間がかかることも珍しくありません。また、「ただ肩が痛いだけだから」と長期間、症状をそのままにしておく方も多数いらっしゃいます。しかし、それが病気からのシグナルである場合もあります。腱板損傷を例に挙げると、長期間そのままにしていたことが元となり、腱板断裂という手術が必要なさらにひどい病気へと進行してしまうケースもあるのです。症状を感じたらできるだけ早めに治療を受けるようにしましょう。

参考文献:腱板断裂における滑膜炎と肩痛

肩甲骨の前方・上方変位

肩関節は腕と肩甲骨の関節ですので、猫背など不良姿勢によって肩甲骨の位置が悪くなっていると、腕の動かせる範囲は制限されます。この状態では「腕が上がりにくい」と感じますが、無理に上げようとすると、限界を超える範囲で腕を動かすことになり、関節を痛めたりインピンジメントを起こしたりすることになるので注意が必要です。

肩の痛みに対して手で行うリハビリ治療

手を使ったリハビリ治療では、まず、肩関節の動きや肩周囲の筋肉の柔軟性、力の強さなどを詳しく分析します。インピンジメントが起こっている場合は、その原因になっている部分を発見、治療することで悪化を防ぎ、痛みを改善します。

また、肩関節を治療するだけでなく、肩甲骨の位置が正常からズレている場合もそれを治療を行います。背骨を調整し肩甲骨の位置を正常化することで、無理のない自然な角度で腕を動かすことができるようになります。

 

症例1 40代女性 腕を上げた時の肩の痛み インピンジメント症候群

症状

2週間前から、頭を洗う時など腕を上げた時の方に痛みがある。以前から腕の上げにくさはあったが、痛みを感じたのは初めてである。市販の湿布薬を使ってみたが、改善が見られないために来院した。

体の状態

肩甲下筋、棘下筋などの腕を下方向に抑える筋肉が弱くなっており、腕を上げる時に第二肩関節の隙間が狭くなってしまう状態であった。第二肩関節に挟まれた筋肉がインピンジメントを起こし、痛みの原因となっていた。

治療内容

肩関節を治療することで痛みを抑えながら、自宅にて肩甲下筋、棘下筋の強化エクササイズを実施した。約4週間(5回の治療)で、肩の痛みは改善し、腕が上がるようになった。

コメント

肩甲下筋の筋力不足は、肩が痛くなる人に多くみられます。自分では気付きにくいため、肩を痛めてからの来院になってしまいました。肩が上がりにくいと感じたら、早めの受診をお勧めします。

症例2 50代男性 上着を着る時の肩の痛み インピンジメント症候群

症状

2~3か月前より、上着を着る時など腰の後ろに手を回すと肩に痛みが起こる。通常時は痛みがないためそのままにしていたが、段々と痛みが強くなってきたため来院した。

体の状態

肩関節の滑りが悪く、特に肩の内旋運動(腕を腰の後ろに回す動き)の可動域が狭くなっていた。そのため肩関節の動きが不自然な状態となり、結果的にインピンジメントを起こして痛みが生じていた。

治療内容

肩関節に対して、手で行う関節の調整を行い、内旋運動の可動域を改善した。2週間(3回)の治療で動作による痛みはほぼ解消した。

コメント

痛めてしまった組織の回復は通常時間がかかりますが、肩の運動制限をリハビリ治療によって改善することで、回復を早めることができます。内旋運動の制限は、肩の様々な障害を引き起こす原因となります。関節や筋肉を傷める前にリハビリ治療で運動制限を取り除きましょう。